酒寝カレシ/マオハライド#1
暖かな優しい風が枝を揺らす桜並木を生徒たちが校舎に向かって歩く。
今日から高校2年生。
自分のクラスを確認し、これからの日々に期待と少しの不安を抱きながら、教室の扉を開けた。
「ギャハハハハ!お前やべーって!」
瞬間、大きな笑い声が耳に入る。
声の主を一瞥してちょっと怖いな、と思いながら教卓の席順表を見て落胆する。
席は窓際の1番後ろ。
場所は良いんだけど、その私の席である机にもたれて大きな声で談笑する2人の男子生徒。
あぁ、初日からついてないなぁ。
「おい、どけ雑魚。」
どうしよう、と思っていたら彼らに1人の男子生徒が睨みをきかせる。
あぁ、悪い…と2人の男子生徒が退いて行き、目付きが悪いままの彼は私の前の席に座ってそのまま伏した。
助かった、私も席に着く。
「あの、ありがとう…ございます。」
彼にも聞こえるか聞こえないか怪しいくらいの声量で声を掛けると、彼は伏したまま返事をしてくれた。
「別に俺が邪魔だと思ったから言っただけ。てか、ねみーんだけど。話しかけんなブス。」
ブス…!?何この人、めちゃくちゃ失礼!!
突然の罵倒に内心煮えくり返りそうになりながら、私は授業道具の整理をすることにした。
今日は午前中に始業式があってそのあとは普通に授業がある。
始業式の日くらい、終わったら帰らせてほしいものだ。
ゴソゴソとバッグから教科書やノート、筆記用具を出して机に入れていると、古文の教科書が無いことに気がついた。
まずい、古文の先生はちょっと面倒くさくて有名なんだった…!
忘れ物をした生徒には特別に課題が出されてしまう…。
どうして、昨日確かに入れたと思ったのに…!
諦めきれずにバッグの中を漁っていると、前方から声を掛けられた。
「なぁ、なんか忘れたんか?」
顔を上げると気だるげな目が私を見つめていた。
真っ赤な髪が日に当たってキラキラと輝いている。
「あ、ごめん…うるさかった?」
「あーうん。で、なんか困ってんの?」
「えっと…古文の教科書忘れちゃったみたいで…。」
おー、そうなんか。と彼は自分のバッグを漁り、古文の教科書を出した。
「ほら、俺いらねぇし。使えよ。」
「え?いらないってどういう…」
私が聞き終わる前に彼は教室から出ていってしまった。
お礼も言えなかった…。
あんな見た目だし、もしかして不良!?
授業サボるから教科書もいらないってこと…なのかな…。
教科書には彼に似合わないくらいの美しい達筆で"マオ"と名前が書いてあった。
マオくんか…ちょっと怖いけど、何も無いといいなぁ…。
密かに願いながら、始業式が始まるまでの時間を過ごした。
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始業式が終わり、昼休みが過ぎ、午後の授業が始まる。
昼食後の古文はとても眠くなるもので、うとうとしている生徒がしばしば見られる。
マオくんはというと、筆記用具も出さずに机に伏している。
「おいそこ、随分余裕そうだな。次読んでみろ。」
あぁ、やっぱり…。古文の先生は居眠りしている生徒を絶対に許さない。
堂々と寝ているマオくんは早々に目をつけられたのだ。
「あぁ?あー…」
マオくんはだるそうに立ち上がる。
今だけでも教科書を!と声を掛けようとしたが、
マオくんの口からはスラスラと教科書に載っている古文が出てきた。
何も見ていないのに、どうして?
読み終わり、マオくんが荒々しく席につき直す。
先生は悔しそうに授業を再開した。
「マオくん、すごいね!」
先生に聞こえないようにコソッと声を掛ける。
「ん?俺教科書全部暗記してるから。不良だと思った?」
ニッと悪戯っぽく笑うマオくんに不覚にもドキッとしてしまった。
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だんだんと新しい環境に慣れてきた頃、5月末にある体育祭に向けて選手決めのHRが行われた。
私はそんなに運動が得意ではない。
今回は先に行われた体力測定の結果を見て選手を決める方針になっているから、出ることは無いだろうと少し余裕で話し合いの行く末を見守っていたが、教卓から委員長が私に声を掛ける。
「○○さん、リレー出てくれる?」
「…え、私!?」
話半ばでぼーっとしていた頭が一気に現実に引き戻される。
このクラスは進学希望者が集まっていてほとんどみんな運動が得意ではないようで、どうやら私はクラスの女子で2番目に足が早かったらしい…。
そこで男女2人ずつのリレーの選手として声がかかったようだ。
人前で走るなんて本当は嫌だけど、どうも断ることが出来る雰囲気ではなかった。
その為私は選手を引き受けた。
「ありがとう!あともう1人の男子はマオくんお願いね!」
「…んぁ、なに?」
今日も寝ていたマオくんがヨダレを拭きながら返事をする。
よくわかんねーけど了解〜とマオくんは雑に返事をしてまた寝る。
こうしてリレーの選手が決まり、早速放課後練習することになった。
体育祭まで残り2週間。
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